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読書記録
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“ロンドンにあるナショナル・ギャラリーは人気(ひとけ)がなく、その偉大な作品はウェールズのマノッドの石切り場の地下にあった。テート・ギャラリーは砕けたガラスで一杯だった。カンタベリー大聖堂の身廊は爆発のショックを吸収するために泥で満たされていた。オランダの最も有名な国立美術館である、アムステルダム国立美術館のスライドには、偉大なオランダの巨匠たちの油彩が、何も懸かっていない壁際に、折り畳み式椅子に積んで置いてある光景が写っていた。その美術館の最も有名な所蔵作品、レンブラントの「夜警」と題した油彩は絨毯のように巻かれ、不気味なことに、柩めいた箱に入れられていた。パリでは、規模と壮麗さでアメリカの「金ぴか時代」の鉄道駅を思わせる、ルーヴルの大展示室には空の額しか懸かっていなかった。
そうしたイメージは、ほかの考えも呼び起こした─もう何年も誰も見ていない、ポーランドの盗まれた傑作。オランダとの和平交渉のペースがナチの好みには合わないほどゆっくりだったので、ドイツ空軍に破壊されて消えた、ロッテルダムの歴史的中心地。個人の美術品をドイツに渡すことに同意するまで投獄された、ウィーンの偉大な古老たち。心配したイタリアの役人たちにおって煉瓦の墓に入れられたミケランジェロの「ダヴィデ」。そして、ロシアのエルミタージュ国立美術館。学芸員たちは、ドイツの国防軍(ヴェーアマハト)がレニングラードからの線路を切断する前に、推定二百万点以上の美術品のうち百二十万点をシベリアに疎開させることに成功した。学芸員たちは美術館の地下室で暮らし、飢えを凌ぐために動物をベースにした接着剤と、さらには蝋燭を食べたという噂があった。”
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ロバート・M・エドゼル 「ナチ略奪美術品を救え─特殊部隊『モニュメンツ・メン』の戦争」
第3章「武器をとれ」
高儀進訳 白水社 2010年
∞
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20 May
2011
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