“あの最初のキリスト教教育は私に、勿論この世に対する嫌悪ではないが、この世の現実に対する不信を教え込んで、私をこの世界からもはやどうしようもないまでに引き離してしまった。その後私は多くの改宗者を知ったが、彼らは絶えず必死の努力をしても、私にとっては自然なものとなったあの魂の状態─その後私が一時それを捨て去ろうと努力したことのあるあの状態─にどうしてもとどまることはできなかった。私はどうしてもこの人生を完全に真剣に考えることはできなかった。それは永遠の命(つまり死後の生命)をかつて信じることができた(思い出す限りにおいてはそれができた)からではなく、むしろこの人生の他の面─これはわれわれの感覚ではとらえがたく、これについてはわれわれは極めて不完全な知識しか持ち得ないだろう─を信じることができたからだ…《旅興行》にでも出て、間に合わせの舞台で、ボール紙で作った短刀を振り回しながら芝居をやっているとでもいった感じ。”
—アンドレ・ジッド 日記 1929年7月28日 新庄嘉章訳 小沢書店 1999年