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読書記録
Try "random".

“TW(トゥオンブリ)の作品は書(エクリチュール)である─と、別の人々はいみじくもいった─。いくらか書道と関係がある。しかし、この関係は模倣関係でも、影響関係でもない。TWの絵は書を暗示する場と呼び得るものでしかない(修辞学の文彩である暗示とは、あることを意味する意図で、それとは別のことを述べることである)。TWは書を参照する(彼が、しばしば、Virgil, Sesostris といった語によって、文化をも参照するように)。そして、別の所に行く。どこに?まさに、書道からずっと遠い所に。つまり、形よく、輪郭もくっきりと、力を込められ、端正に書かれた書から、十八世紀に能筆(ベル・マン)と呼ばれていたものからずっと遠い所に。
TWは彼なりにいう。書の本質は形でもない。用途でもない。ただ単に、動作(ジェスト)でしかない。成るがままに任せて書を生む動作である。落書き、ほとんど汚れのようなもの、無頓着さである。比喩で考えてみよう。ズボンの本質とは何だろうか(仮にそんなものがあるとして)。きちんと仕上がって、真っすぐ、デパートのハンガーに掛けられているあの物体でないことは確かだ。むしろ、若者が、疲れきって、不精をして、辺りかまわず、服を脱ぐ時、彼の手から無造作に床に落ちるあの布の塊の方であろう。ある物体の本質とは、それが出す屑と何らかの関係があるのだ。必ずしも、使いきった後に残るものではない。使われずに投げ捨てられたものである。TWの書がその例だ。それは、怠惰の、したがって、最高の優雅さの切れ端なのである。”

ロラン・バルト 「サイ・トゥオンブリ または 量ヨリ質」

「美術論集」

沢崎浩平訳 みすず書房 1986年