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ロバート・M・エドゼル 「ナチ略奪美術品を救え─特殊部隊『モニュメンツ・メン』の戦争」
第3章「武器をとれ」
高儀進訳 白水社 2010年
マルグリット・ユルスナール 「東方綺譚」
「死者の乳」
多田智満子訳 白水社 1980年
マルグリット・ユルスナール 「東方綺譚」
「マルコの微笑」
多田智満子訳 白水社 1980年
マルグリット・ユルスナール 「東方綺譚」
「老絵師の行方」
多田智満子訳 白水社 1980年
劇場での大喝采は、しばしばひとつの母音にまとまってゆく。おなじことは、劇場でのスキャンダルについてもいいうる。それを表明するための手段自体が、母音に同調しているのだ。拍手には感嘆のA(アー)があらわされ、他方、口笛には嫌悪のI(イー)がふくまれている。人間のあいだの秩序がくずれ血を流すにいたるとき、それは音声の変化となって表出される─ちょうど水が沸騰するときのように。相談で事をきめる集会の場では、どんな整然たる演説、また思慮ぶかい語りかけもしずめようのない声がわきあがってくる。それとともに、往来や広場では、一夜のうちに生まれて朝にはもう人口に膾炙している歌やスローガンに気づくことがあろう。そのうちのひとつ──
Ah ! ça ira, ça ira, ça ira !
Les aristocrates à la lanterne.
(ああ、いざ、いざ、いざ
貴族どもを街灯につるせ)
ここでふたつの母音の色あい、その対比は、ささやく子音とふきならす子音とに強調されて、時は至れりと、はっきり告げている。そのようなひびきのめざめるところ、自由な語は黙するほかない。ちょうどコロセウムの血なまぐさい闘技の際、神像に覆いをしたように。
エルンスト・ユンガー 「言葉の秘密」
「母音頌」
菅谷規矩雄訳 法政大学出版局 1968年
エルンスト・ユンガー 「言葉の秘密」
「母音頌」
菅谷規矩雄訳 法政大学出版局 1968年
ミロ:ダリは頭が切れるのに、性格がそれにともなっていません。人間的なある力に欠けています。ああ、私は彼の絵には興味を持っていました、ある時期まではですが。そのうちダリは人間の持つべき威厳をなくして、急降下してしまいました。
ライヤール:技術的な巧さと人間的な価値といったものを切り離すことは不可能だとお考えですね・・・・・・
ミロ:もちろん不可能です。巧さだけですと中味がありません。
ライヤール:私は聖画像を描く画家は放蕩者でも無神論者でもよかったと思いますが・・・・・・
ミロ:あの頃は、何よりも職業が重要でしたから。ボードレールがすべてを壊したのかもしれません、詩や絵画などすべては「空を掘る」ことだといってカテゴリーの違いをなくしたのはボードレールです。
ライヤール:あなたのいう「職業」とはなんですか?
ミロ:綴字法のようなものですが、外から与えられるものではありません。自分の表現したいものによって内側から口述されるのが職業です。文法も統辞法も、何もありません。自分の仕事は自分でやらなくてはいけないし、自分で切り抜けていかなければならないのです。
”ジョアン・ミロ ジョルジュ・ライヤール 「ミロとの対話─これが私の夢の色」
6章 「純粋さに限りなく近づくこと」
朝吹由紀子訳 美術公論社 1978年
以下の省察を母音へのささげものとしよう。
これらのひびきを子音とくらべてみると、まずそこに宿っている精妙にして移ろいやすい生命がきわだってくる。
その意味では、母音は言語のもともとの肉質をなしているもので、強固な骨格は子音に具体化されているのだ。ゆえにまた言語の変遷、その生成、推移、衰退などに、母音はまずもっとも動かされやすい。それは短命の原形質に似て、いちはやく代謝し言語の本体から消えおちるが、子音のかたい甲皮はといえば、しばしば数百年にわたり、人種、民族、諸言語の多彩な交代にも耐えて、その脈絡を保持するのである。
子音はつまり、時による浸食という観点からすれば、より大きな恒常性と信頼度においてきわだつものである。セム系諸語では子音は語義の基本を担うものとされ、母音はただそれに影響をくわえるにとどまる。それに応じて、文字のうえでも、母音はしばしば副次的の記号であらわされるのだ。うたがいもなくこの事実は、かの生まれながらの律法の民の精神に深いかかわりがある─犯すべからざる戒律を伝え、石に刻まれた古辞に依拠し、女性には隷属的な役割を与え、といったところにあきらかな、あの精神である。
この第三の特徴をあげたのは、ヤーコプ・グリムの美しい文をおもってのことである─『あきらかにすべての母音には女性の、すべての子音には男性の、基盤がおかれてしかるべきである。』
エルンスト・ユンガー 「言葉の秘密」
「母音頌」
菅谷規矩雄訳 法政大学出版局 1968年